東京のシンボル・観光名所

東京都港区芝公園4丁目にある東京地区の集約電波塔である。1958年(昭和33年)10月14日竣工、同年12月23日に完工式が開かれた。東京のシンボル・観光名所として知られる。正式名称は建築主に因み日本電波塔(にっぽんでんぱとう)である。

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高さは333mと広報されており(より正確には332.6m、海抜351m)、総工費約30億円、1年半(1,974,015時間)と延べ219,335人の人員を要して完成した。地上125m(海抜約150m)と223m(海抜約250m)に展望台を有したトラス構造の電波塔である。
昼間障害標識として、頂点より黄赤色(インターナショナルオレンジ)と白色を交互に配した塗装となっている。地上アナログ・デジタルテレビジョン放送(VHF・UHF)及びFM放送のアンテナとして放送電波を送出、また東日本旅客鉄道(JR東日本)の防護無線用アンテナとして緊急信号を発信する他、東京都環境局の各種測定器なども設置されている。
完成当初に当時日本一高い建造物であったお化け煙突を抜いて以来、長らく日本一であったというイメージが強いが、実際に日本一高かったのは南鳥島(東京都)にロランタワーができるまでの約5年間と対馬(長崎県)のオメガタワーが解体されてから東京スカイツリーに抜かされるまでの約11年間である。現在は日本で2番目に高い建造物である。

タワーの建て主であり管理、運営をしているのは民間会社である日本電波塔株式会社である。
1957年(昭和32年)5月、「大阪の新聞王」と呼ばれ当時は産業経済新聞社・関西テレビ放送・大阪放送(ラジオ大阪)の社長を務めていた前田久吉により設立。1959年(昭和34年)に産経の経営から撤退したのちも経営にあたった。久吉は1962年(昭和37年)にマザー牧場を開設、グループ企業としている。
1964年(昭和39年)には、敷地内に東京タワー放送センター(現・東京タワースタジオ)を建設、同年開局した日本科学技術振興財団テレビ事業本部(東京12チャンネル)に賃貸した。この建物は、事業を承継したテレビ東京が1985年(昭和60年)まで本社として使用していた。テレビ東京天王洲スタジオ完成後の2000年(平成12年)より日本電波塔による自主運営を開始。2005年(平成17年)7月には子会社「東京タワー芝公園スタジオ」(現東京タワースタジオ)を設立、業務を移管した。
2005年(平成17年)には、会長兼社長で久吉の子息である前田富夫が死去。富夫の弟でマザー牧場社長だった前田伸が社長に就任した。
日本電波塔は、エフエム東京(TOKYO FM)の大株主(東海大学に次ぐ第2位。伸は2007年より社外取締役)でもある。Kiss-FM KOBE破綻による新会社・兵庫エフエム放送にTOKYO FMとともに19.2%を出資。また、富夫の長男である前田一が社長を務めていたエフエム大阪の株式20%も2010年10月1日現在、日本電波塔名義となっている。